深夜に帰宅。AM3:13。

気がつけば、独立してから3年が経っていた。

301という会社を仲間と立ち上げるのはもう少し後で、フリーランスとしての門出の日は、ちょうど3年前の今日だった。

自分というのは、「こうしたい」と思った時には動いている人間で、辞めよう。思った翌週には、上司である部門長に話をしに行っていた。

とはいえ、直感が理屈を置いて先にあり、大仰な理由も考えていなかったもので、辞める時には、どう言ったものか大いに困った。「辞めます」には、「なぜ?」がセットで付いて来るものだ。

会社の人や仕事が嫌いなわけではない。寧ろ、面白い人たちと仕事をさせてもらったと思う。特に部門長には、色々な部署にテコ入れで行く際に、ご指名で連れ回してもらっていたため、年次の割にはかなり幅の広い業界の仕事を知る事ができていた。

ともあれ、「なぜ」には答えなくてはならないと思う。咄嗟に出た言葉は。

「強いて言うなら、生活ができてしまうからです」

自分で言って驚いたが、本心だった。どこかで、他者の大きな力に守られていながらクリエイティブな心は維持できない、と感じていた。現実に、そういった人も沢山見てきた。生活ができるが故の、油断が生み出す綻び。自分でも気がつかないサイズの。

そして、自分もまた、いつかそうなることを恐れていた。だからこそ、特に次の仕事も決まっているわけではなかったけれど、辞めようと思ったのだ。

自分の力で社会に立つ人に、憧れてもいた。それは、幼い頃から憧れていた自由な生き方、そのものに見えた。

とはいえ、すぐに独立しようという腹づもりはなく、本当にノープランだったため、もう一社くらい別の働き方を見てから独立しようと思っていた。しかし、ありがたいことに、辞めると宣言した途端、友人や縁ある人たちから、あれもこれもと仕事が舞い込むようになり、そのまま就活する暇などなく独立することになったのだ。仲間たちと301を立ち上げるのはその約半年後だ。

失敗しても100パー自分のせい。成功したら自分のおかげ。自分の名において。そんなシンプルな生き方はずっと夢だったため、会社を立ち上げてもそれは続ける、とメンバーに伝えた。

そうして、どちらも自分で編んだ二足の草鞋を履く生活が始まった。

それから、早いもので今日で3年が経つ。思った以上に色々なことが日々巻き起こり、息つく暇もない。まるでフルスロットルのジェットコースターだ。毎日、起きている時はずっと仕事をしているし、四六時中デザインのことを考えている。しかし、それはどんな些細な仕事でも、自分で選んだものだから、納得はできている。

「生活ができている」ことを忌避した自分は、今日も生活ができている。ただ、それは、誰かから与えられたものではない、勝ち取ったものだ。

そうそう。最近は忙しさにかまけてずっとできなかった個展の準備にも明け暮れている。それは、「会社」という仲間と作る価値、「個人」という自力を育てる価値とも違う、ここまで育ててくれた“グラフィックデザイン”というものに恩返しをしたいと思う、第三の価値だ。そこまでやって、漸く自分の中の「やりたいこと」は完結する。「会社」「個人」「表現」。常人の3倍くらい動かねばならない。なんて我儘で、贅沢なんだろう。

そんなことを考えながら、今、生きている。3年前の自分は思いもしなかっただろうか。自分がこんなに幸せであるなんて。

自分の感性もガンガンアップデートされている自信があるから、次々に渡される似たような仕事も、楽しめていることに気づいた。今の自分なら、どういう答えを出すだろうと、自分自身も常にワクワクしている。

会社員時代に、40台後半でもまだ広告にワクワクしている部長がいて、この人は長い間、何遍も同じような案件をやってきたのに違いないのに、なぜアイディアを閃く時、こんな子供のように目を輝かせるのだろうと思っていたけど、きっと、こういう感覚だったのではないかな。

自分が一番楽しみにしているオーディエンス。

最近アドレナリンが出まくっている。301が朝方にシフトするのとは裏腹に、深夜まで作業をしていても、割と脳内は冴えている。仕事と並行して個展の準備を進めていて、それが原因だ。

自分以外の何者に与えられたわけでもない、ただの、表現の追求。

多分、死ぬ前に「やっとけばよかった」と思うことを、今、やっている。

自分の中で散文的なものが、突如、繋がる事がある。

それがコンセプトになると、強靭で、強い。

2011年に入選しているので6年ぶりか。

ラハティ国際ポスタートリエンナーレに入選をした。

入選作品は、『THE OYATSU』というイベントの告知用ポスターだ。
これは、自分の中ではちょっとだけ、特別な事だ。入選したこと、それ自体の話ではない。

これまで、ありがたいことに何度かグラフィックの賞をいただいてはいたが、それらは全て、賞向けに作ったものだったり、クライアントのいない自主制作だったりした。
デザイナー駆け出しの頃は、仕事で自分のしたい「表現」ができないもどかしさを鬱積させていたから、そうした感情を逃す手段として、「賞獲り」に意欲を向けていたというのも事実だった。

それが、数年前に朝日広告賞のグランプリをいただいたのをきっかけに、賞のためだけに作品を作ることは、ほとんどしなくなる。
実際のところ、そうやって表現したものが評価されても、自分の中のモヤモヤは、晴れることはなかったから。

なるほど、賞向けに何か作るというのも、登竜門としてはいい。だけれど、普段作っているものが評価されなければ意味がないなぁと、いつしか考えるようになっていた。表現のための表現では、なんだかかっこ悪いじゃないか。

そうして、やめてしまったのだ。(頼まれたら引き受けることはあったけれど)

大きな賞を狙って獲るより、どんなささやかな仕事でも、普段のクオリティをずっと維持する方が、何倍も難しい。そして、かっこいい。それは、今でもそう思う。

今回のトリエンナーレの作品は、ささやかながら、社会に向けて生み出した仕事だ。
だから、自分の中では、ちょっとだけ違うのだ。