引き算をしただけであらゆるものが「良い」とされる現状は、世の中のものが如何に余分な贅肉をたくわえているか、ということの証明であって、その引き算という行為が正しい解の提示という理屈にはならない。それは単にマイナスの状態が±0のスタート地点に戻っただけなのだ。

本当に良いものは、その先に余分でない「遊び」がある。

だが、その+αされたものが「遊び」なのか只の「贅肉」なのかを見極めるのには、訓練を必要とする。

その訓練は「リテラシー」と呼ばれるものであり、それが「目利き」に繋がっていくのだ。

余分な贅肉を蔓延らせるのも、遊びのある「文化」を作るのも、目利きのできる人間がどれだけ世の中に存在するか。に、正直かかっている。

引き算が持て囃されている現状では、残念ながら、そのフェーズには達していない、と言える。